冨田せなさんは、1999年10月5日生まれ、新潟県妙高市出身のプロスノーボーダーです。
競技種目は女子ハーフパイプで、2018年平昌、2022年北京と冬季オリンピックに連続出場しています。
今回は、北京大会で銅メダルを獲得した冨田せなさんの家族構成の話です。
冨田せなさんの父親、母親、兄弟姉妹の特定と、エピソードをチェックしました。
それでは、「冨田せなの家族構成は?父親母親や兄弟姉妹についても!」をお伝えします。
- 冨田せなの父親はスノーボードのために愛知から新潟に移住
- 冨田せなの母親の名前と画像、北京五輪コメント
- 冨田せなの妹も北京五輪に出場したスノーボーダー
冨田せなの家族構成

冨田せなさんの家族構成は、父親、母親、本人、冨田せなさんとともに北京五輪に出場した妹の4人です。
冨田せなさんの出身地は、日本有数の豪雪地帯と言われる新潟県妙高市。
スノーボードのために出身地の愛知県から新潟県妙高市へと移住してきた父親の影響で、冨田せなさんは競技を始めたそうです。

両親は共働きで、娘たち(冨田せな姉妹)に昼食を持たせて、朝にゲレンデまで姉妹を送り届け、仕事を終えると迎えに行くという生活を送っていたと、親子エピーソードも明かされています。


このあとは、冨田せなさんの父親の話です
冨田せなの父親


冨田せなさんの父親の名前は、達也さんです。
まだコロナ禍だった2022年、冨田せなさんの両親はマスクをして北京オリンピックを中継で観戦していました。


冨田せなさんがスノーボードの道を歩み始めたのは、幼い頃から 父親の影響が大きかった ことが、本人の言葉や複数の報道で公表されています。
せなさんは 3歳の頃から父の影響でスノーボードを始めたそうです。


小学1年生の頃には既にハーフパイプ大会に出場し、中学1年でプロ資格を取得するまでになったせな選手。
こうした早熟な成長の裏には、父親が幼い頃から競技に付き添い、 スノーボードという競技への最初の入り口を作ったことが大きく影響しています。
冨田せなさんには、父の「遊びとして始めた滑り」が、やがて世界を舞台に戦うアスリートへの道につながっていったという物語がありました。
冨田せなさんの父親との関係は、単なるスポーツのきっかけ以上の役割を果たしました。
競技者として大きな舞台を経験する中で、せなさんは何度も壁にぶつかっていますが、その度に幼い頃父の手で雪山へ連れて行かれた日のことが、「忘れられない原点」 として心の支えになっていると語られることがあります。
まさに父親は、せな選手がプロとして自立するまでの精神的な基礎を築いた存在です。
冨田せなさんの父・冨田達也さんの同級生である酒井政人さん(スポーツライター)の記事に、”「あいつ今、何してる?」高校の同級生は北京五輪選手の父だった”というのがありました。
「響き」が気に入ったのと、「英語圏でも呼びやすい名前」(名前の由来)
せなとるきは3歳からスノボを始めているが、ふたりとも当時の記憶はないという。
このような家族的なエピソードもありましたが、現実的な話もありました。
娘たちに高いレベルで競技を続けさせてあげるための、経済的・時間的な負担の話です。
記事によると、『両親が姉妹のために負担した累計の援助額は、少なく見積もっても数千万円単位になるだろう』ということでした。
全日本スキー連盟から「活動費として一人あたり年間300万~400万円かかることもありますが、大丈夫ですか」と言われたそうです。
父・冨田達也さんの言葉として「だから借金はかさむ一方なんだ(笑)。」と記事に掲載されています。
娘さんたちには、借金があることも伝えているそうです。
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父親との最初の一歩が、世界で戦うアスリートを育んだと言っても過言ではありませんね。



このあとは、冨田せなさんの母親の話です。
冨田せなの母親


冨田せなさんの母親の名前は、美里さんです。
冨田せなさんの母親である美里さんは、北京オリンピック2022で娘たちの活躍が伝えられた際、報道で率直な思いを語っています。
せなさん手が銅メダルを獲得し、妹・るきさんも5位入賞という快挙を成し遂げた大会後、美里さんは「今回は現地に行けなかったので今はまだ実感がないのですが、『おめでとう』と『お疲れさま』を言いたいです」と、まずは娘たちを称えたいという気持ちを述べています。
大会の結果そのものよりも、無事に娘たちが自分たちの滑りをやり切ったことに対する母としての喜びが伝わるコメントでした。


北京オリンピック前には、冨田せなさん姉妹の両親として、地元妙高市の教育長との面会にて激励を受けていました。
そのときの様子は「上越妙高タウン情報」で伝えられ、夫婦(冨田せなさん姉妹の両親)で写真も掲載されています。


また、海外遠征が続く日々について「Xゲーム(せな)とかW杯(るき)の優勝のお祝いもまだできていない」と話し、遠く離れた場所で頑張る娘たちに対し母としての寂しさや応援の気持ちを重ねていました。
それでも「毎日お祝い状態になりそうです」と笑顔で語る言葉からは、競技での成果を家族で共有したいという暖かい思いが感じられますね。




さらに、美里さんは姉妹が共通して好きだというアイスクリームについても触れ、「2人はアイスクリームが大好物で、海外にいるときも日本の期間限定のハーゲンダッツを買っておくよう頼まれる」と、日常のちょっとしたエピソードを披露しています。
このコメントからは、世界の舞台で活躍する娘たちを母として見守る日々が見えますね。
海外メディアの英語記事でも、美里さんは「二人がオリンピック選手になるとは思っていなかった」と語ったと伝えられています。
日常生活では家族として関わっていた母・美里さんが、気づけば娘たちを世界の舞台へ送り出す立場になっていたという驚きと喜びが感じられますね。





このあとは、冨田せなさんの兄弟姉妹の話です。
冨田せなの兄弟姉妹


冨田せなさんの妹は、冨田るき(Tomita Ruki)さん。
冨田るきさんもスノーボーダーです。
姉・冨田せなさんと同様、幼少期からスノーボードを始め、現在は女子ハーフパイプ競技でワールドカップ優勝やオリンピック出場などの実績を持つ実力者として活躍しています。
所属は全日本スキー連盟登録のAランク選手で、プロ入りは早く、幼い頃から父親と共に雪山で滑っていた経験が基礎となっています。
2022年の北京冬季オリンピックでは女子ハーフパイプで5位に入賞しました。


冨田せなさんとるきさんは年齢が近い姉妹であり、幼い頃から一緒にスノーボードを楽しみ、切磋琢磨してきたライバルでもあります。
冨田せなさん:1999年10月5日生まれ
冨田るきさん:2001年12月28日生まれ
二人は小さい頃から雪山で遊び、大会にも共に参加する中で、互いの違いを感じながら高め合ってきました。
せなさんは「一緒にいる時間が長く、よく喧嘩もした」と振り返る一方で、競技面ではお互いを尊重し合う関係であると語っています。
せなさんはるきさんの存在について「ライバルであり、負けたくない相手」と述べています。
せなさんのコメント。


2022年北京オリンピックでは、姉妹揃ってハーフパイプの舞台に立つという夢のような経験を共有しました。
せな選手が銅メダルを獲得する一方、るき選手も5位という高成績を収め、姉妹それぞれが自分の力を発揮しました。
せな選手は男勝りで力強い滑りを目指し、るき選手は総合力と完成度の高い滑りを追求するなど、競技スタイルの違いが互いの魅力となっています。
るきさんのコメント。




せなさんとるきさんは、姉妹の関係は単なる血縁を超えて、同じ目標に向かう最高のチームメイトでありライバル関係とも言えますね。
冨田せなの家族構成は?父親母親や兄弟姉妹についても!のまとめ
冨田せなさんと妹のるきさんは、スノーボードのために新潟県妙高市へと移住してきた父親の影響で競技を始めたそうです。
そんな冨田せなさんと妹のるきさんは、世界の舞台、オリンピックで活躍するレベルになりました。
家族で輝けるって、いいですね。


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